撞杉

“等等,你周末穿什么去?我们不要幢杉”
《我爱小丸子》潘向黎

我的词典里没有写,但很容易地理解这个词的意思。应该就是新词。
最近看的日语书《日语灭亡之时》上写“汉字有能表达概念的抽象性,还有无限的造词能力”,这个意见很有道理。

还有,这篇小说里也有“卡哇依”这个单词,我以为它是作者的造语,可网上检索出一百万件以上,很出乎意料。“かわいい”原来是“可爱”,所以不用特意创造出“卡哇依”这个单词吗?
但我考虑考虑,的确是“可愛い”和“カワイイ”语感会不一样,“可爱”不能正确地表达“カワイイ”的含义,所以还是应该要有别的一个单词啊。
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# by linling707 | 2009-08-14 06:30 | 单词

萨克斯风

中国語を勉強し始めたころ、
一番面白いと思ったのは外来語だ。
可口可乐(コカコーラ),雅虎(ヤフー),奥巴马(オバマ)等等、
漢字だけでリアルに音訳された言葉に出会うと、それだけでうれしくなる。
(「可苦可乐」(コブクロ)はちょっとどうかと思うが)。
「リアル」とは、オリジナルの音に近い、という意味だ。

しかし、しばらく勉強を続けていると、肩透かしを食らう事もある。
見事な音訳に感心してどんな漢字を使っているのかとスクリプトを見てみると、
音訳ではなくアルファベットのままだったりすることがある。
最近騙された(?)例ではNORTONとかWindowsがある。
漢字だらけの文面に残されたアルファベットは、なんだか味気ない(私が以前使っていたテキストではWindowsは「视窗」となっていた。先日ある中国人に使ってみたら通じなかったので、今はWindowsのほうが主流なのだろうか。個人的には「视窗」のほうが好きなのだが・・・)。

ところが、そうすると今度は、音を聞いててっきり原語のままかと思ったらちゃんと音訳されている場合もあったりして、油断ができない。
最近感心したのは「萨克斯风」(サクソフォン)と「妈妈咪哑」(マンマ・ミーア)。
これらの漢字を当てた人は本当にすごいと思う。特許とかあってもいい。
見事な食品サンプルや蝋人形を見た時のような感覚といったら解りやすいだろうか?
まさに職人芸(?)である。


刚开始学中文时,我感到最有意思的是外来语。
发现像可口可乐,雅虎,奥巴马等等出色真实音译的外来语的时候,觉得到太妙。
上面我说的”真实”是听到好像原句一样的意思。

但是最近也有时感到一些失望。一听就觉得精彩的外来语,但是看起来稿本它原来仅是外语。
近来扫兴的是“NORTON“和“Windows“。
中文中孤立的英文字母有像无依无靠的感觉(以前我看的课本使用“视窗”这个外来语,可是我问这个问题的一个中国人不知道这个词。所以现在比起它来“Windows”也许更普及起来。如果这样我很可惜)。

尽管那样,有时也有以为应该是外语反之居然不是的外来语。
最近碰见的是“萨克斯风”和“妈妈咪哑”。
我佩服配这些汉字的人,为它可以有专利权。
我这个感动跟看作好的食品样品或蜡人的时候的感觉似的,好像工匠的手艺。
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# by linling707 | 2009-01-20 07:13 | 外来語

蔡依林《说爱你》

この曲の冒頭の歌詞に” 还以为”というフレーズがある。
その発音は”highway“にそっくりだ、といつも思う。

したがって(まだなければの話だが)、
もしDeep Purpleの”Highway Star”の中国語版を作るとしたら、
タイトルはぜひ《还以为是他》にしていただきたいのだが、
いかがだろうか(誰に言ってんだ)。


这个歌词的开头有” 还以为”这个句子,
听的时候我每次觉得是听到象英语单词“highway”似的。

所以,如果制作中文版深紫“Highway Star”的话,
我真的希望以《还以为是他》为曲名。
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# by linling707 | 2009-01-09 07:49 | 歌曲

刘若英《后来》

昔リッキー・マーティンの"Livin' La Vida Loca"を郷ひろみがカバーして、サビの"Upside, inside out she's livin la vida loca "の部分を「アチチアチ 燃えてるんだろうか」と歌いあげた時、原曲を知っていたのでちょっと笑ってしまったが、結構感心した。
言葉の意味よりも、音を重視した結果だろう。この曲『GOLDFINGER '99』のサビは「あ」で始まり「だろか」で終わるべし、という判断は正しい。

最近kiroroの『未来へ』のカバー曲刘若英の『后来』をはじめて聞いた時、とっさに思い出したのが、上記『GOLDFINGER '99』だった。『后来』を作ることになった時、作詞をした人も、サビの出だしは「ほうら」しかありえない、と思ったに違いない。
詞の内容は原曲とはぜんぜん違っていて、男と別れた女の哀愁を歌っているが、「ほうら」によほどインパクトがあったのだろう、タイトルまで『后来』になっている。
私も原曲の情報を探そうとして、なんの疑問も抱かずに「キロロ ほうら」で検索してしまい、原曲のタイトルが『未来へ』だったことに気づくのにしばらく時間がかかってしまったほどだ。
逆に、「『ほうら』で始まるkiroroの曲のタイトルは?」と聞かれて、即答できる人はどのくらいいるだろう?だが『后来』のサビのメロディーと歌詞を知っていてタイトルを知らないという人は多分いないだろう。『后来』は『未来へ』よりも「ほうら」という音の持つ魅力を生かすことに成功していると言えるのではないか。


从前我初次听乡裕美把瑞奇•馬丁《"Livin' La Vida Loca"》的高潮部分“Upside, inside out she's livin la vida loca”翻唱为“アチチアチ 燃えてるんだろうか”的时候,我知道元曲所以感觉比较可笑,可是也觉得好厉害。
作词这样是因为这位作词家应该和原词的内容相比更重视它的音响。我认为这个判断很正当。

最近第一次听从kiroro的《未来へ》翻唱的《后来》的时候,立刻想起来的是乡裕美的那个《GOLDFINGER '99》。决定翻唱《后来》的时候,担任配曲的人因该觉得这首歌必定以“ほうら”开始。
《后来》的歌词内容跟原曲的完全不一样,前者唱情爱后者唱母爱,可是大概因为“ほうら”这个开头有强烈印象,歌名到底成为了《后来》。
我也这次寻找原曲的信息的时候,毫无疑问地用“kiroro”“ほうら”这些关键词检索,花了一会儿才想起来这歌名原来是《未来へ》。
反过来说被问“开头“ほうら”的kiroro歌名是什么?”,多少人能立即回答吗?但是应该没有好像知道《后来》的歌词和节奏却不知道这个歌名这样的人。比起《未来へ》来,我觉得《后来》会能更充分发挥“ほうら”这个声音的魅力。
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# by linling707 | 2009-01-06 09:06 | 歌曲

打嗝儿

先日同僚がしゃっくりしながら「しゃっくりがついた」と言っていた。
はじめて聞く表現だ。標準語だろうか?

考えてみると、「くしゃみをする」「あくびをする」
とはよく言うが、「しゃっくりをする」とはあまり言わないような気がする。
普段一番よく使うのは「しゃっくりが止まらない」ではないかと思う。
つまり少なくとも私は、しゃっくりとはひとつの動作ではなく、
ある持続する状態として認識しているという事だ。
そういう意味では確かに「しゃっくりをする」より「しゃっくりがつく」の方が正しい。
こんどから使ってみよう。

さて中国語で「くしゃみをする」は“打喷嚏”、「あくびをする」は“打哈欠”、
では「しゃっくりを『する』」ことを中国語では何というのか?
もし「打」だったらちょっとがっかりだな。
出でよ、見たことのない漢字よ!
と念じつつ辞書を引いてみたが、やっぱり「打」だった。“打嗝儿”とのこと。

もしかするとこれは、私にとって初めて中国語に失望した瞬間かもしれない。


前几天个同事说“しゃっくりがついた”。
是我头一次听的说法。是不是方言?

的确是我常说“くしゃみをする”“あくびをする”,
可是我觉得一般不怎么说“しゃっくりをする”,我平时说的大概是“しゃっくりが止まらない”。因为我会把这个现象认为不是一个动作而是一种不断的状态。说这样的话,“しゃっくりがつく”这个表现比“しゃっくりをする”合适的。
以后我也用这个吧。

那么中文说“打喷嚏”“打哈欠”、 到底“しゃっくりをする”怎么说呢?
如果“打什么什么”的话,就是没意思一些。
出来没见过的汉字啊!
边祝愿这样边查词典,查到的还是“打嗝儿”。

这也许是我对中文初次失望的经验。
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# by linling707 | 2008-12-26 08:04 | 句子