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打嗝儿

先日同僚がしゃっくりしながら「しゃっくりがついた」と言っていた。
はじめて聞く表現だ。標準語だろうか?

考えてみると、「くしゃみをする」「あくびをする」
とはよく言うが、「しゃっくりをする」とはあまり言わないような気がする。
普段一番よく使うのは「しゃっくりが止まらない」ではないかと思う。
つまり少なくとも私は、しゃっくりとはひとつの動作ではなく、
ある持続する状態として認識しているという事だ。
そういう意味では確かに「しゃっくりをする」より「しゃっくりがつく」の方が正しい。
こんどから使ってみよう。

さて中国語で「くしゃみをする」は“打喷嚏”、「あくびをする」は“打哈欠”、
では「しゃっくりを『する』」ことを中国語では何というのか?
もし「打」だったらちょっとがっかりだな。
出でよ、見たことのない漢字よ!
と念じつつ辞書を引いてみたが、やっぱり「打」だった。“打嗝儿”とのこと。

もしかするとこれは、私にとって初めて中国語に失望した瞬間かもしれない。


前几天个同事说“しゃっくりがついた”。
是我头一次听的说法。是不是方言?

的确是我常说“くしゃみをする”“あくびをする”,
可是我觉得一般不怎么说“しゃっくりをする”,我平时说的大概是“しゃっくりが止まらない”。因为我会把这个现象认为不是一个动作而是一种不断的状态。说这样的话,“しゃっくりがつく”这个表现比“しゃっくりをする”合适的。
以后我也用这个吧。

那么中文说“打喷嚏”“打哈欠”、 到底“しゃっくりをする”怎么说呢?
如果“打什么什么”的话,就是没意思一些。
出来没见过的汉字啊!
边祝愿这样边查词典,查到的还是“打嗝儿”。

这也许是我对中文初次失望的经验。
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by linling707 | 2008-12-26 08:04 | 句子

脑子好

自慢ではないが、中国人とつたない中国語で話していると、
「脑子好」「聪明」などとほめられることがよくある。
もちろん悪い気はしないので、いい気になったりもしているのだが、
あるとき日本語を勉強している中国人に「頭がいい」とほめられた。
なんかおかしい。

「普通そういう言い方はしない」といったものの、
ではどう言えばいいのかというと、ちょっと思いつかない。
すると相手は、今度は「かしこい」などという。
確かに間違ってはいない。間違ってはいないが、やっぱり何かがおかしい。

その後知人友人に聞いてみたり、自分でもいろいろ考えてみたりしたのだが、
それはたぶんこういうことだと思う。

私の勉強相手になってくれている中国人は、たいてい年下だ。
そして日本では普通、目上の人に向って「頭がいいですね」などとは言わない。
いままで考えたこともなかったが、これはおそらく、「頭がいい」などという具体的な評価は、上から下に向かって下すものとされているからだろう。
つまり年下の人から「かしこい」と言われるという非日常が、
相手が日本語を喋る中国人であるという非日常によって相殺された結果、
かすかな違和感となって認識されたのではないか。

このことについて在日4年の中国語の先生に聞いてみたら、
やはり中国では目上の人にも普通に“脑子好”“聪明”と言うのだそうだ。
そして日本ではあまりそういうことは言わないと知って、驚いてもいた。
その後も何度か年下の中国人から「聪明」と言われることがあったので、人のほめ方において習慣の違いがあるらしいということは知っておいたほうがよさそうである。

しかしながら、以前からよく私を誉めてくれるその年下の先生が「頭がいい」とか「かしこい」と言ったのを、私は一度も聞いたことがない。彼女はよく、日本語では「すごい」中国語では“佩服你“などと言う。
本人には言っていないが、彼女は実はそのへんの習慣の違いを無意識に認識しているのではないか?とにらんでいる。


跟中国人拿中文说话的时候他们有时候跟我说“脑子好”“你是很聪明”等等。
当然没什么不舒服,感到很高兴。
可是有一天我被一个学日语的中国人夸奖“頭がいい”,感觉有点儿奇怪。

我跟他说“一般不说这样”,可是那时我也不知道怎么说好。然后他再说“かしこい”。没有错误,可还也是比较奇怪一些。

后来我问几个日本朋友,也自己研究研究,想到了一个回答。就是这么回事。

我的学习汉语的对方大概是比我年轻的中国人。然后在日本一般向比自己大的人不说“頭がいい”“かしこい”等等。我也没想过,但是这些褒义词一般大的人跟小的人用的。也就是说被比自己小的人夸奖“かしこい”是奇怪是奇怪,但是这个说话者是学日语的中国人,所以随即不会理解为什么觉得奇怪。

然后我问了问一个在日本住了四年以上的中文老师这件事,她还是说中国也常常向比自己大的人夸奖“脑子好”“聪明”什么的。还有听我说日本不怎么说这样她很吃惊。后来我也被中国人这样夸奖了几次,所以日本和中国之间肯定有称赞习惯的差别。

却说,我还没听过那个比我年轻的老师跟我说“聪明”“かしこい”。他常常拿日语说“すごい”拿中文说“佩服你”等等。我觉得她可能无意识把握这个习惯。
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by linling707 | 2008-12-22 16:45 | 杂记

ネコとトリ

犬ワンワンワン 猫ニャーニャーニャー
カエルもアヒルも ガーガーガー

という歌が昔あった。
この歌詞からも分かるように、
日本では猫の鳴き声は一般的に「ニャー」である。
そしてその次に多いのは「ニャオ」ではないかと思う。

一方、中国語で「ニャオ」とは鳥のことである。
したがって、いまだに中国語で「ニャオ」と言われると、
とっさに猫だか鳥だかわからない、ということがままある。
とくにr化した「ニャアオル」は、
気持ちよさげにひなたぼっこしている猫の鳴き声みたいで、ますます猫の話だか鳥の話だか分からなくなる(オレだけか?)。

さてこの現象は、逆もまた真なり、なのだろうか?
すなわち、日本人による猫の鳴き真似を聞いて、
思わず鳥のことを思い浮かべてしまう中国人は存在するのか?
調査が待たれる。


狗汪汪叫 猫咪咪叫
青蛙鸭子都嘎嘎啼
(意译)

以前有这样的歌曲。
从这个歌词明白,日本人一般把“ニャー”这个拟声认为猫声。
还有我认为一般的猫拟声中第二个就是“ニャオ”。

这个“ニャオ”的发音听到像跟“鸟”的似的。
所以现在也别人说“鸟”的时候,
有时候我随即不可以判断是猫的事还是鸟的事。
特别听“鸟儿”的时候,不由自主地想象一只在快快乐乐地晒太阳的猫的鸣声,更混乱不清是猫的话还是鸟的话。

再说,这个现象是不是反之亦然的?
也就是说,听日本人模仿猫的叫声不知不觉想起鸟的中国人有没有?
希望调查。
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by linling707 | 2008-12-14 20:10 | 杂记

血型

今年のベストセラーリストに、
血液型についての本が何冊か入っていた。

日本人は本当に血液型の話をするのが好きだ。
逆に外国の人は自分の血液型が何型かさえ知らない人が多い、とも聞く。

私自身はあまり興味がなく、
血液型で性格が分かるというのは眉唾だと思っている。
それこそがB型の証拠だ、とよく言われもするが、
日本で血液型占いがいつまでも人気があるのは、
たまたま何かのきっかけで昔流行して、
たまたま定着したのだろう、くらいに考えていた。

しかし、すでに論じつくされていることかもしれないが、
日本人が血液型占いにこだわるのにはやはり理由があるということに、
最近得心が行った。

ある知り合って間もない中国人から、
「私の性格をどう思うか」と聞かれた時のことである。
さて困った。なんと答えようか。

例えば「明るい」と言えば「あまりものを考えない」という意味にもなりうるし、
「真面目」と言えば「面白みがない」ということにもなりかねない。
けなすわけにもいかないし、あまり誉めすぎると誤解されるかもしれないし・・・

とりあえずその場は、性格を現す中国語をあまり知らないフリをして、
(というか実際たいして知らないけど)適当に当たり障りのないことを言って切り抜けたのだが、妙な汗をかいてしまった。
日本人にそんなことを聞かれることなんてほとんどないし、
日本人だったらそういう時、血液型の話から入るのが普通なんだがなあ・・・

と、その時はたと気が付いた。
私たちは血液型の話をするために他人の性格を引き合いに出しているのではない。
妙な汗をかかずに他人の性格について話をしたいから、血液型を引き合いに出しているだけなのではないか。
あなたはB型だから、自己中心的な人である。
だって血液型の本にそう書いてあるんだもの。
でもあなたがB型なのも、あなたが自己中心的なのも、私があなたをそう評するのも、私たちの責任じゃないんだから、気にしないでね、というわけだ。

人は、何と言っても他人のことについておしゃべりするのが大好きだ。
血液型性格占いを科学的根拠のないものとして認めない人も多いが、
いつまでもその人気が衰えないのは、
摩擦を起こさず性格について語り合うための最適のツールだからではないだろうか。


今年的畅销书名单中有几本关于血型性格占卜的书。

的确是日本人很喜欢血型性格占卜。反之听说除了日本人以外一般也不知道自己的血型是什么型。

我自己跟这个占卜不怎么感兴趣,觉得缺乏可靠性。
所以大家也说,我说这样是因为我是典型的B型的人。
还有我以为由于以前这个占卜偶然流行过,然后它偶然扎下了根了。
但是最近我体会到什么流行什么有理由。

以前一个认识后不久的中国人问我“你觉得我性格怎么样的呢?”。
一听我就犹豫不定。怎么回答好啊?
比如说,说开朗的话,可以听到是轻浮的。说老实的话,可以听到没有意思的。当然别说贬义词,即使过奖也恐怕被误解。唉,怎么办好呢?

那时我装知道的表达性格的单词很少(其实实际上不怎么知道),顺便说这个那个才平安渡过,但是出了汗一些。日本人一般不问别人那样,却先会说起血型什么的呀。。。

到那时我发觉血型占卜的意义。对了,我们不是想谈谈血型本身而顺便说性格,而是想谈谈性格所以利用血型。
应该是这么回事。你血型是B型因此你因该是自我本位的人。为什么呢?因为呢,书里有写大家都说统计表示这样。但是呢,你血型是B型还有你性格自我本位的这个事情的责任并不在我们,所以不用介意啊。。。

大家都喜欢讲人的性格。尽管说血型性格占卜没有根据的人不少仍然流行,是大概因为它就是很便利的工具以便关于人的性格轻轻松松地聊天。
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by linling707 | 2008-12-12 07:56 | 杂记

せーのっ、びん・ちー・ぶー!

中国語の勉強をしている人の中には、
何よりその発音が好きだという人が少なくない。
私もその一人で、他人が話すのを聞くのも、自分で話すのも心地よい。
お気に入りの言葉もたくさんあって、
その対象には中国語のみならず、中国語読みの日本語さえ含まれる。

というわけで今回は、聞いて耳に心地よく、口にしてなお痛快な、
この「滨崎步」を紹介しよう。

これは中国人のチャット友達に好きな日本のタレントを尋ねた時、
教えてもらったものである。

私のような初心者は、
中国語読みの日本人の名前を聞いても、一発で分かる事はまずない。
日本人なら誰でも知っているような有名人でも、
字面を見ないと見当もつかない。
また、日本人の名前は四文字の場合が多いので、
四文字の言葉や成句が多い中国語の中では容易にうもれてしまい、
人名であることに気がつかない事さえよくある。

しかし一方中国語には三文字の言葉は多くないので、
三文字の名前は聞きとりやすく、覚えやすい。

しかもこの響きとリズム。
ジャンケンの掛け声にでも使えそうな歯切れのよさである。
宇多田ヒカルや倖田來未と同じカテゴリーに入れておくより、
「齐步走」や「一备齐」と一緒に並べておいた方が、
しっくりくると思うのは、私だけだろうか(オマエだけだ)。

いー・べい・ちー!
ちー・ぶー・ぞう!
びん・ちー・ぶー!!


学汉语的日本人中特别喜欢汉语发音的人不少。
我也在其例中听别人说汉语自己说汉语都很喜欢。
喜爱发音的词有很多,也包括不仅仅汉语而且拿汉语念的日语。

那么,这次让我介绍这个听得爽快说得痛快的“滨崎步”。

它原来是我请一个网友教给我她喜欢的日本歌手名的时候知道的。

好像我汉语初学者即使听见用汉语念的日本人名,
即使日本谁都知道的名人也立刻会听不懂。
一般只有看汉字才懂。
还有因为日本人名四字有很多所以在四字语有很多的汉语说话中容易被埋没了,
常常不能发觉它是不是人名。

但是汉语没有很多三个字语,它听出来得不难,容易记住。

却说“滨崎步”这个发音和语调特别好听。
也认为可以会把它作为猜拳的口令什么的。
我觉得,跟像宇田多光或辛田来未把它放在一起不如跟像“齐步走”“一备齐”放在一起合适。

一备齐!齐步走!滨崎步!!
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by linling707 | 2008-12-11 04:52 | 名字

你家庭成员是谁呀?

外国語を勉強していると、意味は分かるが訳せない、
ということがよくある。

中国人から"你家庭成员是谁呀?"と聞かれたときのこと。
"父亲,母亲和哥哥"と答えたまではよかったが、
この質問は日本語ではどういうのか、と聞かれて、はたと困った。
「あなたの家族には誰がいますか」というのも妙だし、
「家族構成を教えてください」という言い回しはあるが、
これでは会話ではなくアンケートみたいだ。

では普段どうしているのかというと、
「ご家族は?」とか「ご兄弟は?」とか聞いて、
何をどこまで答えるかは相手に任せていると思う。
家族構成をずばりと把握できる問いかけは、ちょっと思いつかない。

これは文化の違いなのだろうか。
それとも私がたまたま出くわしたレアケースなのだろうか。
調査が待たれる。


学外语的时候常常碰到意思明白但是不能翻译的表现。

以前一个中国人问我"你家庭成员是谁呀?"
我随即回答"爸爸,妈妈和哥哥",
但是他连续问我这个问题日语怎么问,
我暂时不知道怎么回答好。

比如说“你家有谁”是比较奇怪一些。
其实有“请告诉您的家庭成员”这样的说法,
但是它好像不是说话还是一种调查的提问什么的。

那么日本人之间一般问怎么呢?
比如说问“你家呢?”“你兄弟姐妹呢?”,
然后怎么回答会任凭本人判断。
我也想不起来关于家庭成员怎么问好。

这是不是文化的差别吗?
或者我偶然遇到在中国也不普通的个提问吗?
希望详细的调查。
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by linling707 | 2008-12-05 22:12 | 句子

非常口

昔『テトリス』が流行った頃、あまりやりすぎると、
四角い箱やビルがテトリスに見えるようになる、
という話をよく耳にした。

それとは全然関係ないが、
私は最近漢字を見るとついピンインで読んでしまう、
という症状が出始めた。
世に言う中国語中毒である(言わない)。略して中中。

そして職場で一日に何度も、
ついついピンイン読みしてしまうのがこの「非常口」である。

そしてついつい考えてしまう。
「非常口」とはいったいどんな口なのか。
カバのようにでかい口なのか、サメのような恐ろしい口なのか、
はたまたものすごいタラコ唇だったりするのか。

というのも、「ひじょうぐち」と読むと、
「非常時に非難するための出口」のことだが、
feichangkouと読むと、
「尋常ではない有様の口」のことのように思えるのだ。

だからたぶん中国語では非常口は「非常口」とは言わないはずだ、
と思って調べてみたら大当たり、
中国語では「太平门」「安全门」「紧急出口」などというのだそうだ。
このネーミング、納得である。

「非常口」の方は、そこに逃げ込んでも命の保障はしてくれなさそうだが、
「太平门」の方は、そこに辿り着けさえすればもう大丈夫、
そんな安心感を覚えさせる名称である。

反対に日本に来て「非常口」の表示を見られた中国の方々は、
一体どのような印象を持たれるのだろう。
調査が待たれる(またかい)。


以前电脑游戏《俄罗斯方块》风靡一世的时候,
据说迷上过分的话感觉方块的东西比如家具或大楼都看起来俄罗斯方块的症状。

对这个话没有很多关系,
可是最近我有一个症状一看日文汉字就脑子里用拼音念它。
这就是世间所说的中文中毒。简称中中。

假如在单位我常常不知不觉拿拼音念的日文是“非常口”。
然后不禁想象“非常口”到底是怎么样的一张嘴呢?
非常大的好像河马的嘴吗?还是非常恐怖的好像鲨鱼的嘴吗?

我想象这样因为用日语念的话“非常口”是“紧急状态上使用的进出口”的意思。
但是用拼音念的话它听起来好像一个有非常特性的嘴。

所以我觉得在中国应该没有“非常口”这个单词,
于是查词典果然查到“太平门”“安全门”“紧急出口”等这些单词。
这些名字很有道理。
即便紧急情况下逃入“非常口”,好像安全也不会保证。
但是只要进去“太平门”,好像就一定没有了问题,会很有安全感。

反过来说看“非常口”的中国人到底怎么感觉呢?
希望详细的调查。
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by linling707 | 2008-12-01 21:28 | 单词